悲しみの日に着る紋付(喪服)について
きもののほそみの栂井です。
今年もあとわずかになり気忙しい毎日です。
私の住む但馬地方では今日は、
みぞれ交じりの冷たい雨が降っています。
去年の1月義母長い闘病の末になくなりました。
雪の降る日に通夜、告別式をしたのを思い出します。
今回は悲しみの日に着る紋付(喪服)について
お話ししたいと思います。
きものが礼装として確固たる存在だった時代は
喪服一式を準備して、嫁入りを迎えたものです。
現代は、結婚の形態も色々で、家より個人が優先され
きものを着る人が少なくなりました。
しかし、大人になってきものの楽しみを知った人たちは、
冠婚葬祭はきもので・・・と考え始めています。
コロナ禍で式らしい式ができにくい状況ではありますが
たんすに眠っていた喪服を活かそうと考える人、
これから揃えようとしている人、いずれにしても
喪服が洋装中心になってから、かつての決まり事が
そのまま当てはまりにくくなっています。
また、冠婚葬祭に関しては、いまだに地方差もあります。
一般的な葬儀を基準に、洋装の中でどう和装の喪服を着るかについて、
知りたいという声はあります。
かつて喪主は、白喪服を着ていました。
黒に変わったのは、明治時代、
西欧のブラックフォーマルに倣い黒を喪の色と定めたそうです。
ただ、帯締め帯揚げは白、
これは皇室の喪装がそう定められたから、
一般の人にも広まったようです。
最近は白だと目立つので小物も黒にしています。
また、礼装は下着を重ね着するのが決まりでしたし、
帯も丸帯だったことから、帯結びは二重太鼓でした。
いま、重ね衿や二重太鼓は不幸と重ねるといって
避けられていますが、それは戦後の約束事なのです。
かつて一般会葬者は普段の小紋や色無地に黒い喪の帯を
締める、略式喪服でよかったのですが、
今では変に目立ってしまいます。
けれど、親族でない人がお通夜や告別式に
正式喪服を着るのは、不自然な印象です。
本来喪服は、親族が着るきものだったからです。
お通夜は喪主、親族でも略式喪服でよい時代もありましたが、
今は本式喪服を着るのが一般的で、
おそらく色喪服の用意をしているひとが少なく、
様々な部分で合理化が進んできているのでしょう。
きものの喪服が圧倒的に少ない時代ですが、
着るのならきちんと揃えて、きもので通したいものです。
時間の猶予無く訪れる弔事。
準備は皆が元気なときにしておくのが良いとされています。
いざという時にきちんとして向かえることができる
それが何よりの礼になります。
そして、季節により着分けることも
着物が単衣の時期はできれば喪服も単衣に、
帯は6月はじめなら袷用、中旬以降は夏用を。
9月初旬は夏用、中旬以降は袷用を
半襟は白で6月は絽に。
9月初旬は絽、それ以降は塩瀬に。
長襦袢は絽でもかまいません
帯締めは、一般的な単衣と同様と考え、
帯締めは袷とおなじものでかまいません、
帯揚げは6月には夏用、9月には袷用を使います。
今では夏用、冬用の袷と絽のセットが販売されている事が
多いですが、地域によっては今でも単衣まで
揃えるところはあります。
履物は通年はける喪の草履で、台は布製かつや消しの革です
本来、喪装では殺生につながることから革製品を避けますが
草履に関しては布製だと傷みやすいこともあり、
台は皮製の物もあります。
夏ものの喪服もきものと同じで
7.8月の盛夏に喪服を着るなら駒絽か平絽の喪服と
絽、紗の名古屋帯を用意します。
半襟は白の絽、長襦袢も白の絽
帯揚げ、帯締めも夏用の喪服用を用意します。
万事控えめな印象に装いたいもので
ヘアーやメイクも晴れの日と対照的になるべく控えめに。
着付けも髪も自分で整えるのがあるべき姿です。
自分でできればトーンダウンも自由自在です。
そして家紋について、
本式喪服は第一礼装なので、
染め抜き五つ紋が決まりです。
おおむね母方の紋を受け継ぎ丸なしの女紋を入れています。
中には実家の紋や、お家の事情により嫁ぎ先の紋を
入れることもあります。
また関東では家紋に丸をつけるところもあります
そして帯締めの房は下を向けて
これも着付けでは基本中の基本です。
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